FC2ブログ

Welcome to my blog

アートな日々~&日々の出来事!

ARTICLE PAGE

パリジェンヌ展~時代を映す女性たち 世田谷美術館

  • CATEGORY展覧会
  • PUBLISHED ON2018/ 02/ 18/ 22:06
ボストン美術館 パリジェンヌ展 ちらし
パリジェンヌちらし

2月10日(土) 少し風邪気味でしたが~、
次の日のNHK教育 「日曜美術館」でパリジェンヌ展が
取り上げられるの知り~オンエアされる前に行くべきと
思い立ち世田谷美術館へ行ってまいりました
(オンエア後は、ぜったい混み合うこと間違いないです)

しかしながら、オンエアされた番組の内容を頭に入れて
見ると、また違う鑑賞の仕方や、展示されている作品に対しての
印象も変わったりするとは思います (^v^)

パリジェンヌ~なんともいえない響きです
最近は、花の都パリなんて言うたとえはダイブ聞かなく
なりましたけれど、子供の頃の憧憬はかなりなものでした
ファッションや芸術の都
金髪に青い目の女性がフランスパンを抱え闊歩するなんて
かっこよく見えたものです (私の中のイメージなのかな…)


メアリー・スティーヴンソン・カサット 
「縞模様のソファで読書するダフィー婦人」 1876年

メアリー・カサット

世田谷美術館では、メアリー・カサットのミドルネームを入れての表示でした
なんかチョット違う人みたいな感じを受けました~
正確には、メアリー・スティーヴンソン・カサット
なんですね (^v^)

パリという魅力的な都市に生きる女性、パリジェンヌ
サロンを切り盛りする優雅な女主人に始り
奇抜な髪形や流行のドレス姿の女たち
画家のミューズとなったモデル、また自ら道を切り開き才能を
開花させた画家や女流など、彼女たちは時代を映す多様な
生き方をみせています
ボストン美術館の所蔵品約120点により
18世紀から20世紀のパリの文化を体現してきた女性達の
姿が紹介されています     (ちらしより)


ベルト・モリゾ 「器の中の白い花」 1876年
モリゾ えぞきく

モリゾが描いた絵画がありました
それがこちらの絵で自分のおみやげ用に買った絵葉書です
モリゾの絵があるとは思っていなかったのでとてもうれしかったですね
描かれているのは、白いエゾ菊ではなかろうかと展示されている
解説に書かれていました
肉眼で見た絵は、もっと明るい綺麗な青(水色)にみえました
印刷されたものは、どうも…色がくすんでしまうようです

モリゾ、カサット、ドガ、ロートレック、ルノアール、マネ等の絵が
展示されている第4章 「芸術をとりまく環境~制作者、モデル、ミューズ」
になりますと、がぜん好みの絵の展示が多くなってきました

モリゾは、1864年に初めてサロンに作品が入選し
カサットは、1865年に画家をめざしてパリにやって来ました
年齢は、3才くらいモリゾの方がお姉さんですが
同時期に活躍した印象派の女流画家になります
この頃は、国立美術院は女性の為の門は閉ざされていて
男性社会の中、女性が絵画を勉強する為には
せいぜい、美術館に行き模写をすること位だったそうで
モリゾの場合、裕福な家庭のなか家族の理解があり
とても条件のよい中で画家となりました

なかでも、※女優サラ・ベルナールが制作したブロンズ像があり
珍しいものではないかなァと思いました
何でも、自邸の敷地に彫刻の為のアトリエがあったそうですよ
まったく、そんな事知らなかったですね 

※もともと有名な女優さんですが、アルフォンス・ミュッシャが偶然にも
サラ・ベルナールの舞台用ポスターを任され、貼っても貼っても盗られてしまう
人気ポスターになり、サラの専属の舞台ポスターを任され
一躍、ポスター界のスターダムにのし上ったミュシャの
キッカケとなった大女優です。


ルノアール 「アルジェリアの娘」 1881年
ルノアール 

ルノアールのきれいな絵です
フランスが統治していたアルジェリアに旅行した際に
描かれたそうで、宗教上~地元の女性にモデルをお願い出来なかったので
衣装を買い、アルジェリア在住のフランス人に衣装を着てもらい
モデルになってもらった作品だそうです

それに、通りを歩いている女性に声をかけて
モデルになってもらった人を描いたロートレックの
「画家のアトリエのカルマン・ゴーダン」1888年油絵も
良かったです、ここまで描ける人なのに
アルコールに溺れて若くして亡くなってしまったのは
残念ですね


エドゥアール・マネ 「街の歌い手」 1862年
マネ 街の歌い手

こちらの絵を見るのは、2度目になります
初めて見たのは、三菱一号館美術館のモネ展
口にサクランボをくわえている姿が印象に残った絵
モデルはヴィクトリーヌ・ムーランです
家に戻り、頂いたちらしを見ましたら
「マネの大作、修復後公開」とあり
びっくり~、確かに初めて見た時はもっとずっしりした重い灰色のドレスでしたが
ふんわりとした感じのスカートになりストライプが浮き出ていますね

日曜美術館で、初めてヴィクトリーヌ・ムーラン嬢の写真
見させて頂きましたが
マネの絵に描かれている妖艶な雰囲気のヴィクトリーヌ・ムーランの
姿ではなく、清楚で可憐な感じに見えました
モデルをやる前のかなり若い頃の姿でしょうか?
目のくぼみかたは、同じですがマネの絵ではだいぶ
顔の輪郭がふくよかになっているような気がいたしました
モデルになって多少生活が楽になってきたのでしょうか?
それともマネの理想的なイメージで描かれたものなのかな…


シャルル・フレデリック・ウォルト(デザイン)
 「ドレス(5つのパーツからなる)」1870年頃

パリジェンヌ展 ドレス

化学染料が使われる様になり初めて鮮やかな色のドレスが
作られるようになった頃の時代です
こちらのドレスは現在のお金に置き換えると
確か~100万ではなく、エライびっくりした金額だったので
約1千万くらいだとか~解説に書いてあったと思います
手の込んだドレスは、特権階級の人達ではないと
なかなか手に入れられないものなのですね

最後の第5章になると、ビキニ姿に腰にバナナ16本を巻き
踊りを舞うダンサー、ジョゼフィン・ベーカーの映像を見ることができます
アフリカ系アメリカ人とユダヤ系スペイン人の両親から生まれ、
すらっとして手足が長い女性ダンサー
私が今の時代みてもカナリ刺激的な踊りでした
当時の人達には、鼻血ブー的な(谷岡ヤスジ)出し物だったのではないかしら
何と、こちらの出し物は、バー 「フォリー・ベルジェール」での舞台で
行われたものだそう~
バナナ踊りは1927年頃なので、マネが活躍していた時代よりは
半世紀くらい先のものですが
マネの名作 「フォリー・ベルジェールのバー」の絵から
とても想像出来ない驚きの出し物でした (^_-)






関連記事