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「華族 150年の旅路~激動を生き抜いた日本の名家~」 立花千月香さん

  • CATEGORYテレビ
  • PUBLISHED ON2017/ 08/ 14/ 23:21
福岡県柳川 立花家18代目 立花千月香(ちづか)さん 
立花千月香さん

現・料亭旅館「御花」の若女将です。

何度か、ちらっとテレビで立花家の洋館は見たことは
ありましたが、BSで放送中の「百年名家」で取り上げられ
内部の様子を見ることが出来ました (*^^)v
その時の邸宅の案内をされていたのが立花千月香さんでした
綺麗に着物を着こなしてのお姿でしたが
番組「華族150年の旅路~」では、殆どお化粧なしの
素顔だったのが印象的で、
歴史のあるお家の重みや使命みたいな気持ちが
とても伝わってきました


色つけ完了です!
立花千月香さん2017.8.13

「華族150年の旅路~」は8/12(土)にBSプレミアムで
再放送された番組です
華族のお話は、5話に別れていて
一番最後のお話が立花家でした

番組を見た人しか、似ているかどうかわからないですね…


旧立花伯爵邸 西洋館
立花家

街の中心部に建つ洋館、旧柳川藩主 
明治時代に伯爵となった立花伯爵家の邸宅であります

立花家1

西洋館内部。

立花家14代当主、寛治(ともはる)が明治43年に建設した建物
迎賓館として使われました
立花家は戦国大名として活躍した初代から400年続く名家
明治17年の華族令で伯爵となった
お武家さまの家系なので現在の料亭旅館には
カブトや鎧などが保存されており、立花家資料館もあります


第五話、立花文子(あやこ)伯爵令嬢
立花家2

なんて、かわいいらしい写真なのでしょうか(^v^)

福岡県 柳川に戦後~逞しく生きた、一人の もと伯爵令嬢がいました
立花文子 (立花千月香さんのおばあ様です)
邸宅が作られた年と同じ明治43年生まれです
伯爵令嬢として何不自由ない 暮しと厳しい躾けを受けながら
育てられました

昭和10年、24歳で結婚 夫の和雄氏は婿養子として
立花家に入ってきました


立花家4
                  右手前は、車のボンネットです

結婚披露宴は東京会館でおこなわれましたが
郷里、柳川でも披露宴がおこなわれ
駅から立花邸まで8キロの道のりでしたが
邸宅までの道沿いには、柳川じゅの人々が出迎えている
様子を映写機で撮影されていたものです

結婚後は、林野局にお勤めのご主人と共に
日本各地を周り、お手伝いもおかず料理・洗濯を
すべて、文子さんがこなしたアッパレなお嬢様だったそうです

終戦後直ぐに一家は柳川に帰郷~ご主人は林野局を退職して
立花家16代当主として家督を相続しましたが
華族制度が廃止され、立花家は莫大な財産税に苦しめられました


洋館の裏側にある日本家屋からの景色
立花家5

松濤園という名の庭園、お庭だけでも1200坪あるらしい
戦前まで伯爵一家がくらした お家。

戦後は、華族制度が廃止され~生きていくすべがなくなり
東京にあった不動産を整理しても借金が残ってしまったそうで
こちら家と庭があったおかげで、料亭旅館を始めることを
思いつきます。


立花家6

昭和25年料亭旅館「御花」を開業。
女将となった文子さんは座敷にも出たそうで
写真の右側で踊る姿は立花文子さんです
伯爵令嬢から180度の転身でした

立花家7

立花文子さんの奮闘のおかげで立花家の築106年の
洋館は残りました
口癖は、「なんとかなるわよ」 明るく逞しく戦後を生き抜いた方

「祖母は、100歳まで最後まで元気で
明治・大正・昭和・平成と 強いひとでした」
お孫さんの千月子さんからの言葉です。


きゅうりのになすの
立花家8

洋館の2階に仏間があり、立花家代々の先祖と
戦乱の世に命をおとした藩主たちの位牌がおかれていまして
立花家の長い歩みを とても感じられた場所でした

ちょうどピッタリな時期だったので立花家の送り火の様子です
きゅうりの馬で早く駆けつけ、茄子の牛でゆっくりご先祖さまが
帰られるそうで、わらで出来た小舟の中に乗せ敷地内にある池に流し
火をともします

立花家9

昔は、柳川の多くの家でおこなわれていましたが
今では、立花家だけに残る風習となってしまったそうです

立花家10

「普通のお家ですね、
ただ、守らなきゃいけないものとか…そういった指名とか
宿命とか~ それは強く思っています」(立花千月香さん)





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